医師が患者になると
―抗アレルギ剤やめ、父子で実践、免疫療法―


「大切なのは、アレルギーの原因から遠ざかること。
ダニに反応するなら、掃除を念入りにしましょう。
薬は症状を抑えるだけですよ」
金沢市橋場の耳鼻咽喉科医院。
扉を開けると、院長の小森貴さんが患者に説明する大きな声が聞こえてくる。

アレルギー性鼻炎の患者には、最低10分間、アレルギーとは何か、
その治療は、と熱弁をふるう。
「どういう病気か、理解してもらうのが治療の第一歩です」と小森さん。
白衣代わりの白いポロシャツからのぞくひじは、
アトピー性皮膚炎で赤むけている。


きれいになったね。もうだいじょうぶ。
小さいころから、皮膚炎に悩まされてきた。
引っかかないよう、ひじやひざに包帯を巻かれ、
姉たちから「ミイラ男」とからかわれた。
「いずれ治る」。
耳鼻科医の父の言葉はむなしく、中学生になると鼻炎も加わった。

金沢大学医学部に入り、血液検査で、
スギ花粉とダニに反応するアレルギーと
初めて原因が分かった。
「鼻が詰まるのは仕方がない」と
つらい春を我慢することでしのいできた。

小森さんが改めてアレルギーと取り組むようになったのは、
体質を受け継いだ子供が生まれたのがきっかけ。
今は中学三年に(現在高校三年:筆者注)なった長男。
2歳のころから、アレルギー性ぜんそくの発作に苦しみ、
抗アレルギー剤を毎日、ひどい時は、気管支拡張剤を飲ませた。

薬を子供に与えていると、
小森さんの心に、不安が顔をもたげてきた。
「薬には必ず副作用がある。
3人に1人と言われる子供のアレルギー。
多くの子供が、薬を飲み続けていては、今後、日本人の体に何か異変が起こるのでは」。
自ら薬を処方する医師であり、患者、そして患者の親として心配になる。

小森さんは長男が小学4年生になったとき、一つの決断をした。
「薬をやめるために、減感作療法をしてみよう」。
ダニやスギ花粉など、患者が反応する原因物質のエキスを少しずつ増やしながら注射し
体を慣らしていく。
日本でも30年以上の歴史がある免疫療法だ。

効果は期待できるのだが、難題がある。
週1.2回、最低3−4年間は注射を続けなければならない。
しかも、治療を終える時期の判断も難しく長期にわたって患者に忍耐が求められる。
医師にとっても、エキスの量の調整に細心の注意が必要だ。
まれに、副作用として、ショックの症状が出ることもあるという。

小森さんは自分の鼻炎が悪化していた92年、
我が子に先立ち、この治療を試した。
ある程度の効果が認められたため1年後、子供に取りかかった。

減感作療法を始めた長男は、それまで9年間、アレルギーについての新聞記事
飲み続けた抗アレルギー剤をやめることができた。
(完全に止めることができたわけではありません:筆者注)
今も父子共に治療を続け、約100人の患者にも行っている。

「うちの家族には効きましたが、
だれにでも合うというわけではありません。
それに大変な治療ですよ」。
患者への治療は、やはり生活改善の指導から始めることになる。

小森さんは89年に、
石川県立中央病院の耳鼻咽喉科医長を辞め、開業した。
その際、建てた自宅は、
家ダニを抑えるため床はすべてフローリング、
壁に掃除機のホースを差し込めば、
室外に排気できる設備も整えた。

「設備を改めるには費用もかかる。できることから始めることです。
掃除をし、布団をできるだけ頻繁に干す。治療はそこからです」と言う。

それだけしても、完治しないのがアレルギー。
小森さんはいまだに、ひざの裏あたりを、かき始めると止まらなくなる。
布団に血が付き、家族に知れる。
「また、かいたな」。
同じ苦労をしている3人の子供にしかられるという。


読売新聞 1997年5月17日号「医での触れ合い」から一部改変

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