命を育んできた海
能登半島の先端、輪島港から日に一回の定期船で2時間。
広大な日本海に海士の島、舳倉島はある。
アワビ漁の過ぎた今は、人口約150人の静かな島だ。
筆者が縁あって舳倉島に耳鼻咽喉科健診に訪れるようになって
14年になる。
(執筆時:1996年10月)
顔見知りの海士と共に、
診療の合間に海に潜るとそこは別世界だ。
モズクの生い茂ったなかに、ウミウシやエビなどの小動物。
ベラやアジが泳ぐ傍をタコが体をくねらせて岩陰に移動する。
無数のイソギンチャクが赤や黄色、
時には紫色の蛍光を発して魚たちを誘っている。
「あっ、くっそー」
どうしたのかと振り向く私に、先ほどからタコを刺そうと狙っていた息子が、
スミで黒くなった顔を拭いながら笑っている。
豊かな海。
50億年の昔から命を育んできた海。
地球の複雑な生態系のほんの一角を担っているに過ぎない私たち人類には、
自分たち以外の命を勝手に奪う権利は無い。
1996年9月5日午後零時半、
国際世論の強い反対を無視して、
フランスは地下核実験を強行した。
人類のみならず広く地球全体に対するこの蛮行に、
反対の声さえあげることのできない海の生物たちは、
不気味に盛り上がるムルロアの海中で
いったいどんな思いでいただろうか。
平成8年10月5日 全国保険医新聞から改変