医王山(いおうぜん)
節分も過ぎ、それでも雪がちらつく毎日でも合間に暖かい風が吹くようになると、
医王山(いおうぜん)の麓では蕗のとうが一斉に可愛い顔をだす。
医王山は白山連峰の北の端に位置し、
その山名は薬草を多く産出したことから付けられたとされている。
泰澄大師がこの山で修行し、山中に四十八寺三千坊を置いたといわれるが、
全国的に知られるようになったのは
泉鏡花が「薬草取」の舞台として新聞に連載してからのことである。
二米を超える積雪の谷筋を歩くと、時折さすがに春を迎えて地肌が垣間見える。
登山者以外には唯一人としていない静かな山間でも、
そんな場所では雪解けの水音や、
重い雪に閉ざされてきた小枝が弾ける春の音で喧しい。
突然飛び立った山鳥の羽音に吃驚して振り返ると、
雪兎がまだ白い冬化粧のままでこちらを窺っている。
山麓の菱池(ひしけ)に住む田中さんは、
この時期に蕗のとうを味噌漬けに仕込んで孫に食べさせる。
蕗のとうは苦くて、甘いもの好きな子供にはいささか迷惑だろう。
ぢいちゃんが採ってきたものだから、仕方なく食べるのかもしれない。
それでも田中さんは食べて欲しい。
蕗のとうには雪国の皆が待ち望んだ春の香りがするからだ。