医師の定年制
―老医でないとできないこと―

「やっぱりH先生でないと駄目ながや!」
弱った足腰で、それでもバスに乗って遠くの村からやって来るタメばあちゃんが
待合室で叫んでいる。

医者になって五十六年。
昭和32年から開業して一万件以上もの手術をしてきたH医師も、
すっかり目が悪くなって、八年前からは院長職を息子に譲っている。
仕事を離れた時にと楽しみにしていた旅行も、
いざ引退してみると体の調子が悪くて遠出はできない。

今では一日殆どを、半ばボーっとして暮らしている。
でも、タメばあちゃんが来た時だけは元気になる。

「八十のもんは八十のもんでないとわからんがやちゃ!」
耳の遠いばあちゃんは、若先生では物足りない。
若先生も補聴器の講習会を受けてきたとかで、
難しい説明をしてくれるが、なんのことやら分からない。

その点、H先生は暇を持て余しているのか、どれだけでも話を聞いてくれる。
この前なんか、嫁が意地悪で好物のサンマを食べさせてくれなかったことで
およそ半日ばかりも付き合ってくれた。
おまけに嫁に意見までしてくれた。
耳も聞こえが良くなったような気がしてくるのだ。

タメばあちゃんは最近ものすごく怒っている。
「七十過ぎたお医者さんは仕事したらいかんようになるげんて」
新聞を読んだ嫁がばあちゃんに言ったからだ。


金沢弁が多くて読み辛いことをお詫びします

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